2014/01/20 Mon
読売新聞の独自調査で明らかになった
「お泊まりデイ」のすさまじい実態。


死亡事故26人をはじめ、 安全管理の不備や雑魚寝など劣悪環境だけでない。

こんな虐待の実態と行政の無為無策ぶりを示す記事も出ている。


行き場のない要介護高齢者の受け皿となっている実態を直視し、抜本的な対策と、毅然とした規制をしないかぎり解決しない。

お泊まりデイ、3年で26人死亡…誤飲・徘徊で

 全国の政令市と県庁所在地、東京特別区の計74市区にある通所介護事業所(デイサービスセンター)の宿泊サービス「お泊まりデイ」で、宿泊時間帯に起きた転倒や誤飲などの事故が2010年度以降少なくとも296件あり、26人が死亡していたことが読売新聞の調査でわかった。

 お泊まりデイは介護保険の適用外のため、施設側に事故の報告義務はなく、厚生労働省は「これまで夜間の事故の実態は把握していなかった」としている。同省は15年度からお泊まりデイを都道府県への届け出制とし、事故についても報告させる方針だ。

 調査は昨年12月、20政令市と、政令市を除く県庁所在地の31市、東京23区にアンケートを送付して実施。すべてから回答を得た。

 その結果、死亡事故は、食べ物を気管に詰まらせる誤嚥
ごえん
による窒息が9件と最も多く、就寝中の体調急変が6件。認知症患者が消毒液を誤飲したケースや、徘徊
はいかい
して屋外で死亡したケースもあった。負傷事故では、転倒・骨折が目立ち、薬の誤投与、食中毒などもあった。

(2014年1月19日11時51分 読売新聞)


十人雑魚寝・口には…「無法状態」お泊まりデイ
読売新聞 1月19日 14時10分配信
 宿泊サービス付きの通所介護事業所「お泊まりデイ」に関して読売新聞が行った自治体へのアンケート調査では、一部の施設が、利用者を狭いスペースで雑魚寝させたり、大声を出さないよう口に粘着テープを貼る虐待をしたりしていたことも判明した。

 こうした悪質な運営が他にも広がっている可能性があり、自治体の間では、運営基準を作るなどチェックを強める動きが拡大している。業界団体も独自の基準作りを始めた。

 ◆劣悪な環境

 「まるで無法状態だと驚いた」と、鳥取市の担当者が振り返る。昨年2月、設備変更に伴う調査で訪れた2か所の施設がいずれも、聞き取りに対し、仕切りを設けずに布団を敷き、男女約10人を雑魚寝させていたことを認めたからだ。改善を求めると、「臨時的な宿泊だから問題ない」などと反論されたという。

 水戸市の施設でも2012年夏、市が実態調査を行い、仕切りのない8畳間で高齢者を6人も宿泊させているのを確認。前橋市では昨年8月、市職員が実地指導に訪れた際、食堂に折りたたみベッドを3台置いて利用者を寝かせているのを見つけ、「不適切だ」として改善を指導した。同様の例は相模原市でもあった。

 昨年、利用者に暴行したとして介護士らが逮捕・起訴された広島県福山市の施設では、70平方メートルのスペースに17人が寝泊まりしていたことが判明している。

 水戸市の担当者は「防火設備がない施設もあった。このままでは、高齢者の安全や尊厳を守ることはできない」と不安を漏らす。



利用者に対する虐待が発覚した広島県福山市のお泊まりデイ。民家を改修した施設に17人が寝泊まりしていた
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2014/01/08 Wed
 2014年になって初めての会議(ケアマネ公務災害裁判会議)は、「敗報」で始まった。

 堺市が2006年に介護保険事業者に対する「給付適正化指導」のために雇用した非常勤ケアマネの前職での「不正関与」を疑い、仕事を取り上げ、解雇通告まで行い、メンタルを発症させ、退職に追いやったという事件。

 公務災害として認めよ、との裁判をたたかっていたが、大阪地裁で敗訴、そして大阪高裁でも、昨年12月26日に「控訴棄却」の判決。判決文は昨日(1月7日)に届いた。

 詳しくは
  ケアマネ公務災害裁判 陳述書 ①
  ケアマネ公務災害裁判 陳述書 ②
  ケアマネ公務災害裁判 陳述書 ③
  ケアマネ公務災害裁判 陳述書 ④


 
 判決は、地裁の不当判決をそのまま踏襲し、
 不正関与を疑ったのは、公務とは関係ない と決めつけている。

 本人は、不安抑うつ症を発症し、いまだに一進一退を繰り返す病状。今日の弁護士との打ち合わせ会議にも出席できない状態。昨年には、自殺未遂で、救急搬送されている。

 そんな状態の彼女に こんな冷酷非道な判決文は読ませたくない。

 しかし、最高裁に上告してたたかうかどうかは、最終的には 当事者である原告が決めること。

 判決文を読み、会議にも出てこれない本人のことを思いながら怒り心頭である。

 健康で意欲満々で、看護師やケアマネジャーと掛け持ちで、堺市の非常勤認定調査員としても5年間も働いてきた人間を、濡れ衣を着せて、イジメ抜いた上で、使い捨てるという、堺市当局の起こした犯罪的行為を私はぜったいに許すことはできない。
 
 上告期限まであとわずか。どうか本人の状態の改善と、前向きな決意を期待する。
2013/01/26 Sat
 ケアマネ公務災害裁判の内容について、知りたいという声があるので、私が、2012年末に 大阪地方裁判所第5民事部に提出した陳述書を順次紹介します。

陳述書 日下部雅喜  その④

第3 「不正関与疑惑」はなぜ起こったのか

1 事業者指導室の構成とU氏の役割
2006年4月にKさんが採用・配属された当時の事業者指導室の給付適正化関連の構成は次の2グループからなっていました。
 指導Ⅰグループ (正職員2人 非常勤7人) 給付適正化指導を担当
 指導Ⅱグループ (正職員2人 ) 指定事務、訴訟関係等を担当
 指導Ⅰグループの非常勤7人のうち、ケアマネジャー(介護給付費調査員)は3人で、内1人は、当初の介護保険課の時期からいるU氏(給付費調査経験1年3ヶ月)と、Y氏(経験3ヶ月)、そしてKさんという構成でした。同グループの正職員2名は、H氏(主幹、給付費調査経験なし)とN氏(給付費調査経験なし)でした。なお、H主幹は、体調を崩し同年10月に指導ⅡグループのM氏(主幹、給付費調査経験なし)と交代されました。
 事業者指導室長に就任したMS氏も介護保険関係業務は経験がなく、給付適正化指導については、非常勤とはいえ唯一の経験者であるU氏の影響がきわめて大きかったことが当初の特徴でした。事業者からの問い合わせなども一手に引き受けるなど、まさに「業務の中心」と言える状態のように見えました。

2 KさんとU氏の対立
 そのU氏とKさんが、決定的に対立し、その後U氏からいじめや嫌がらせを受けることになるきっかけは、2006年5月24日の実地調査での意見対立でした。
 外出困難な要介護者が、訪問介護員(ホームヘルパー)の介助で医療機関に通院した帰り道に買物に立ち寄ることが保険給付の対象となるかどうかは、訪問介護事業の中では大きな問題となっていました。
 本件も契機になって、堺市は「通院帰りの買物は認められない。その時間の介護報酬は返還対象になる」という指導を徹底するようになっていきました。しかし、その後2009年4月に大阪府が態度を一転させ、必要性・合理的理由があるものとして保険者が判断すれば、ケアプランに位置づけ保険給付の対象となるとしたことから、堺市も方針転換を行い、通院帰りの買物を保険給付の対象とするようになりました。これは、外出介助は通院目的ならば通院に限定され、途中の立ち寄りは一切認めないとする画一的・機械的な解釈が介護保険利用者の実態に合わないものであったことから当然のことです。
 本件の実地調査現場でのKさんとU氏の意見対立は、ケアマネジャーとして要介護者の生活に向き合ってきた立場から事業者指導にあたろうとしたKさんと、行政の画一的・機械的解釈で報酬返還を指導しようとしたU氏の「路線対立」の表面化でもありました。
 当時の堺市の給付適正化指導の問題点について、私は次のような指摘をしていました。
「『給付適正化』と称して、利用者にとって必要なサービスまで『不適正』とされ報酬返還(過誤調整)指導される事例もある。また、適正化指導といいながら、事業者に対する説明や指導なしに、実地に調査に入り、報酬返還のみを迫る指導のあり方には多くの事業者が萎縮し、サービス提供にも支障が生じるおそれがある。」(堺市の介護給付費適正化事業の状況(第1次報告)2006年12月  福祉・介護オンブズネットおおさか)
 この事件は、U氏が事業者の面前でKさんを罵倒し、「こんなもん返還にきまってるやろ」と主張した上に言う通りにならないと調査の途中で帰ってしまうという事態になりました。

3 Kさんへの意図的な「濡れ衣」
 Kさんは「はるか在宅サービス」で1年半パートのケアマネジャーとして勤務しましたが、不正請求には一切関与していません。それは、①Kさんが担当していた13人の利用者のプランには不正請求に結びつくような内容は一切なかったこと ②Kさんのケアマネジャーとしての仕事は、サービス利用の実績を入力するまでが仕事で、国保連への請求事務は一切タッチしなかったこと ③担当外の利用者のプランや利用状況を見る立場になく、それらの不正請求を知ることはできなかったこと からも明らかです。
 不正関与の疑惑は、「常勤ケアマネとして働いていないのに月20万円以上も給料もらえるのはおかしい」というU氏の決めつけが発端です。介護事業者と深いつながりを持ち、事業者指導室発足直後の期間は「業務の中心」的存在のU氏の影響力はきわめて大きいものでした。はるか介護サービスの不正発覚当時にKさんが息子の介護のために休暇中で不在であったこともあり、そうした見解が支配的になったと考えられます。このことは、福祉推進部のトップである芳賀部長までもが同様の認識を発言していることからも明らかです。
 しかし、この認識は、介護保険の事業所のケアマネジャーの実態を知らない勝手な思い込みと言うべきものです。居宅介護支援事業所の収入は、介護保険からの「居宅介護支援費」が唯一の収入で、これはケアプラン1件につき、要介護度によって月1万円~1万3千円程度の報酬が支払われるが、ケアマネジャー一人が担当できる件数は運営基準では35件と決められており、多数を担当すると減額される措置もあります。このため、居宅介護支援事業所は、厚生労働省の介護事業経営概況調査でも収支差率は事業種別の中で唯一全国平均で「マイナス」を続けています(2008年マイナス17.0%、2011年マイナス2.6%)。しかし、ケアマネジャーの給与額は、常勤のヘルパーや介護職員よりもかなり多いのが実態です。これは、居宅介護支援事業所の9割以上が訪問介護事業所や通所介護事業所などと併設であり、これらの併設事業所の収益をケアマネジャーの人件費など経費に充当することによって維持しているためです。また、ケアマネジャー(介護支援専門員)は基礎となる資格(看護師、介護福祉福祉士、社会福祉士など)と実務経験年数を満たす者が、介護支援専門員実務研修受講資格試験を受験し、受講することによって得られる資格であり、基礎資格の職種によっては、高い給与でケアマネジャー業務につくことも多くあります。
 Kさんは准看護師であり、以前働いていた老人保健施設(パート、夜勤なし)でも月額25万円程度、訪問看護ステーションでも同様の給与を得ていました。その後、堺市の介護認定調査員として週3日勤務しながら非常勤で働いた4ヶ所の居宅介護支援事業所でも多くは月15万円~20数万円の給与を得てきています。また、私の知るケアマネジャーの中にも非常勤で20万円以上の給与を得ている人は何人もいます。
 Kさんのはるか在宅サービスでの給与額が20万円を超えていたことをことさら問題にする発想自体がおかしいと言わざるを得ません。
 さらに、個人営業に毛の生えた程度の零細企業が多い介護事業所の多くは就業規則や給与規定もろくに整備されないまま、きわめて不明瞭な根拠で給与を計算し支払っているところも少なくありません。歩合給という口約束が実際はちがっていたりすることも多々あり、Kさんのケアプラン担当件数と給与計算に整合性がなかったとしてもそれを不正関与を疑う根拠にするのはあまりに意図的と言えます。

4 堺市の調査なし
 はるか在宅サービスは、訪問介護事業所について、実際に提供していないサービスについて不正に請求したとして、2006年11月9日に介護保険法に基づく指定取消し処分を受け約65万円の報酬返還を命じられました。しかし、居宅介護支援事業所については、2006年4月1日に廃止していたため、行政上の処分はなしで済まされています。
 この居宅介護支援事業所は、指定の最低要件である「常勤介護支援専門員1名以上」を満たしておらず、指定そのものが虚偽申請にもとづくものであり、介護保険法上は無効であり、堺市から得た介護報酬全額が返還対象になるものです。
 しかも、唯一の常勤介護支援専門員として指定申請書に記載されたのがKさんであり、週3日は堺市で勤務していたという明白な事実があります。ところが、この件について、堺市は、いっさいの独自調査を行わず、大阪府の監査に「同席」しただけで、全てをあいまいにしています。このことが本件の「不正疑惑」を生み出し拡大した最大の原因といえます。
 私は、本年7月24日にKさんと同行して大阪府に対し、はるか在宅サービスにかかわる情報公開請求とKさんの個人情報公開請求に同席し、当時の大阪府に担当職員と面談しましたが、大阪府も堺市もこの件について、まともな究明を行っていないことが判明しました。
 公開された監査の確認調書(質問顛末書)によれば、はるか在宅サービスの取締役のY氏は、Kさんの勤務について「週3日と認識していた」としながら、週5日勤務の常勤・専従職員として虚偽の申請を行ったことについて「人員基準をよく理解していなかった」「申請のときにひな型どおりに作成すればいいという認識しかもっていなかった」などと述べています。
 常勤・専従として勤務する見通しがないKさんをY氏が、週5日勤務と偽る勤務形態表を作成し届け出たことは明白です。しかも、Y氏は、「わたしとKさんとの間では事業開始から週3日の勤務であるということが共通の認識でした」と明言しており、「架空の『常勤ケアマネ』を了承したことはない。あくまでパートとの条件でケアマネジャーとして働いた」というKさんの釈明を裏付けるものです。
 これだけ、明白な虚偽申請であり、被告堺市に勤務していたという動かぬ証拠がありながら、この件について不問にしたという堺市のいい加減な姿勢が本件の根本的な原因です。
 保険者として監査権も有し、報酬返還請求権ももっていながらその責任を放棄し、さらにKさんの任用者でありながら、Kさん本人への聴取すら独自に行わないまま、不正関与を疑い続けた結果、長期間にわたって①本来業務から排除し、②雇い止め通告を行い、③Kさんの釈明を聞く耳持たなかった これらが、発症の直接の原因となったことは明らかです。
 あらゆる角度から見て堺市に全面的に責任があることを申し上げます。

 (おわり)

2013/01/25 Fri
ケアマネ公務災害裁判の内容について、知りたいという声があるので、私が、2012年末に 大阪地方裁判所第5民事部に提出した陳述書を順次紹介します。

陳述書 日下部雅喜  その③

3 はるか在宅サービス不正事件
 2006年6月、訪問介護事業所と居宅介護支援事業所を併設している「はるか在宅サービス」の介護報酬不正請求が発覚しました。Kさんは、2005年12月まで同事業所に非常勤ケアマネジャーとして勤務していたことから堺市当局は、Kさんの不正関与を疑い、Kさんが職場復帰した同年10月以降も給付費実施調査の業務から外し、内勤事務に着かせました。
 しかし、一方で、堺市としてKさん本人に対する調査や事情聴取はいっさいなく、大阪府による「元従業員」としての聴取が1回あったのみでした。堺市として、本不正事件の真相を解明しないまま、Kさんの不正関与を疑い続け、いっさいの釈明の機会も与えないまま実地調査業務を取り上げつつけたのです。
 はるか在宅サービスの居宅介護支援事業所は、本人の知らないままKさんを唯一の「常勤ケアマネジャー」として大阪府に指定申請していました。Kさんは同事業所在職中は週3日堺市に介護認定調査員をしており、常勤ケアマネジャーとして従事していないことは明白であり、同事業所は「不正な指定受領」として介護保険法に基づき介護報酬の全額返還を命じられても当然でした。ところが、はるか在宅サービスは訪問介護での不正請求1件のみの不正請求とされ、訪問介護事業所は指定取消処分を受けたものの、居宅介護支援事業所は自主廃業でその不正は不問にされています。
 Kさんは、事業所に対する実地調査を本務として採用されながら不正関与の嫌疑をかけられ、釈明の機会の与えられず、内勤事務に従事させられました。その間自分を疑っている上司(事業者指導室長ら)と同じ部屋で本来業務でない事務を終日座ってやらされるという精神的苦痛を2007年2月21日まで毎日味合わされてきたのです。

4 発症にいたる経過
 私は、2006年9月に事業者指導室に介護保険事業所の介護サービス内容について問い合わせの電話をした際にKさんが応対に出た時、急に声を落として「実は、私が以前に勤めていた事業所が不正をやっていたのが問題になって調査に行かせてもらえないようになって毎日ここに座っているんです」とささやいたことからこのことを初めて知りました。
 私がこの問題でKさんから、本格的に相談を受けたのは同年12月に、雇止め通告を受けてからでした。相談を受けた12月20日に私が開設しているブログ「オンブズマン放談」に次のように投稿し公表しました。
「濡れ衣解雇
2006/12/20 Wed
過去にケアマネとして週3日お手伝いに勤務していた事業所の不正が発覚したら、自分が常勤ケアマネとして届けられていて、不正請求の実行者の濡れ衣を着せられた。そのことが原因となって「雇い止め」解雇。とんでもない相談を受けた。行政の中途半端な処分の犠牲者である。徹底的にたたかうことにした。」
そして、12月22日には以下のように投稿し、闘うことを宣言しました。
「さあ、たたかうぞ
2006/12/22 Fri
例の「濡れ衣」解雇について、組合、当事者、私で協議を行った。堺市の事業者指導にあたるセクションでありながら、このような理由で雇い止め解雇を通告するとは言語道断。」
 この記事に対し、当時の福祉推進部長(芳賀氏)が、わざわざ私の職場まで電話をかけてきて「記事を削除しろ」と言いがかりをつけてきたこともあり、堺市当局はかなり慌てたようすでした。
当初「期限は来年3月までと決まっている。」と強弁してきた当局でしたが、組合との協議の中で、芳賀部長は、雇止めの理由について、「はるかのことがある。不正関与の証拠確認ができなかったから、10月で切らず3月まで延ばした。3月で辞めれば福祉サービス公社を世話するが、全面的に争うなら後は世話できない。」とのべたと協議にあたった組合役員から聞きました。
 Kさんの雇い止め解雇通告は、その数日後の12月28日に撤回されましたが、これは、当局内部でも不正関与疑惑を理由に雇用継続拒否はできないという意見もあったためと聞いています。
 雇い止め通告は撤回されましたが、Kさんは、このことでひどくダメージを受け、職場に出勤することがさらに苦痛になっていきました。
 私は、解雇通告が撤回された年末、Kさんに「不正濡れ衣」について、釈明書を書いて市当局に出すことをすすめました。Kさんは、何日もかかって「不正に関与していたかのような疑いはきっぱり晴らしてください~『はるか在宅サービス』不正事件の全容解明を求めます」という釈明書を書きあげました。また、ケアマネジャーとしてKさんが得ていた給与額についても金額や経過、根拠なども資料を作成されました。
2007年1月30日、Kさんが書き上げた釈明書を私も立会い、芳賀福祉推進部長へ提出し、部長は「2月中に返答する」と明言しました。私たちはこのことばに一縷の望みをつなぎました。

 当時、私のもとにKさんから送られてきたメールを紹介します。
「1月31日
日下部様
今日は(も) お忙しい中、ありがとうございました。
今月は老健施設の調査で気がまぎれました。
明日は今年度最終で『いずみの郷』に行ってきます。
年末の腹立つやら悔しいやらの気持ちは通り越して、薄ら笑いが出てきそうです。
まるでテレビでしてる政治番組の小さい世界にいるようです。
これから先・・というか2月からどんなふうに気持ちを切り替えて
頑張ればいいのかわからないのが正直なところです。
やめたいです。
弱音というよりは、お願いされるなら働いてあげてもいいけど
何で高くもない給料でそんなえらそうに一方的に悪者にされて一生懸命釈明して働かなあかんの!
って感じです。
(略)
もう気が病みそうです・・
既に病んでますかね・・
何とか狂わないように踏ん張ります。
毎日毎日ご苦労様です。
とりあえずのお礼メールで愚痴ってしまってごめんなさい。
おやすみなさい。」


そして、Kさんが出勤できなくなる前日(2007年2月21日)のメールです。
職場の雰囲気の悪さ、上司や同僚の言動にふれた後
「何とか理解してそういう物の考え方やめてもらいたいのですが・・もう諦めに入ってきました。
(略)
17年度の返還金から18年度の返還金目標は8000万たら1億たら当初言うてました。
売り上げ(返還金)があがってないから部長がブーブー言うそうです。
私らの仕事は給付の適正化であって売り上げ目標なんてあるのがそもそもおかしな話やけれど、返還金に変わる言い訳は「2箇所も指定取消にしたこと」ですって。
どちらも最後の最後まで給付し続けてちっぽけな金額しか返してもらわんと・・
結局○○さん(○○さんも?)が自分らの過失を認めたくないために訳のわからん正当化した話に変換してるみたいです。
はるかのことでは私を悪者にして話を終わらせたつもりになってたのだと思います。
ところが雇い止めには抵抗するし、ちゃんと調べよと文書は出すし・・
私を「白」と判断することは自分らの調査のミスを認めることになるんでしょうし。
こんなじゃだめ、来年は・・ってマニュアル作成の前段階のものも提出したけど○○さんは私のことがうざくてたまらんのだと思いますわ。
○○さんの陰口を言いながら本人にはニコニコ仲良しして・・結局ズレて普通に物考えない○○さんが都合いいのでしょう。
もうこんな腐った職場にいるのいやです!
精神的に限界を感じてます。
日下部さんに愚痴ってしまってごめんなさい」

そして、主治医の診断を受け、休みに入った2007年2月22日当日のメールです。
「日下部さん、私は本当に限界です。
職場は相変わらずコソコソ、いやな雰囲気です。
○○さんが事業者の内部告発してきた話だけを聞き、辞めた(解雇された?)ケアマネさんには何も聞かず、悪者扱いしている話を聞いていると、私もこういうふうにされていたのだとオーバーラップして胸が苦しくなります。
役所に出勤の前日は一睡もできない日が続いています。
今日も休んでしまいました。
眠れない日が続き、自分でもどうにかなってしまいそうで、今日神経科に行きました。
『不安抑うつ状態』との診断書をもらいました。
明日からしばらくは病欠で休みます。
といってもまだ診断書も出せていません。持って行かねばとは思うけど、気持ちが受け付けない・・どうしても足が向きませんでした。
釈明書に対する回答の期限(2月末)までは意地でも!と、休みながらも頑張っていたけど、体の方が先に壊れてしまいました。
「Kさんのことであんなふうに動いて、日下部さんに迷惑がかからなかったらいいけどね」・・○○さんが仲良ししている事務員さんに言ったそうです。
どういう意味!?って腹立つけど・・日下部さんにも要らぬ迷惑をかけているのかもしれません。
ごめんなさい。」

 私はこれを読み返していて、Kさんが、2006年12月の退職強要を期に大きく追い詰められ、職場でも孤立し、心理的に追い詰められていくようすがありありと浮かんできます。また、そうしたKさんを支えきれなかった悔しい思いがいたします。


(つづく)
2013/01/24 Thu
 ケアマネ公務災害裁判の内容について、知りたいという声があるので、私が、2012年末に 大阪地方裁判所第5民事部に提出した陳述書を順次紹介します。

陳述書 日下部雅喜  その②

2 事業者指導室の業務の性格とKさんの立場及び役割
 Kさんが勤務していた事業者指導室の状況と業務内容等について述べます。
①介護保険給付適正化事業開始までの経過
 2000年度から介護保険制度がスタートしましたが、介護サービスを利用する人が急増し、介護サービスの費用(介護給付費)が急激に増加しました。
 介護保険は、自治体ごとに3年に一度介護保険事業計画を作成し、介護サービス利用者数の推計を行い、必要な介護給付費を計算し、65歳以上の高齢者(第1号被保険者)の介護保険料を決定します。堺市では、介護給付費増加のため、2003年度に介護保険料を9.9%引き上げました。当時は、毎年度10%程度の給付費の伸びが続いており、その後も大幅な介護保険料引き上げが懸念されていました。
 一方で、堺市内で事業者による大規模な介護報酬不正請求が2004年2月に発覚したこともあり介護給付の適正化の必要性が指摘されていました。こうした事情から、堺市は2004年12月「給付適正化指導」を開始しました。
②給付適正化指導の内容
堺市では、介護給付費の1%程度は「不正・不適正」な給付として位置づけ、適正化の専門職員による指導・調査を行うこととしていました。
 事業内容は「介護給付費調査員  国保連合会介護給付費適正化システムの活用若しくは通報等により発覚した不適正事業所に対し、立ち入り調査を行う。また、大阪府の実地調査にも同行して調査を行う」というものです。
 事業開始後、Kさんが採用されるまでの経過は以下のとおりです。
  2004年12月  介護保険課内に「介護給付適正化推進チーム設置」
        正職員3人(兼務) 非常勤ケアマネジャー3人 
  04年度実績  調査実施  5事業所  
          返還件数  5事業所
          返還金額  25,130,956円
  05年度実績  調査実施  32事業所
          返還件数  32事業所
          返還金額  54,532,142円
③ 事業者指導室の設置
2006年4月、堺市は、介護保険課から、給付適正化指導の業務を切り離し、新たに「事業者指導室」を設置し、Kさんは、介護給付費調査員として採用・配属されました。
 介護保険課と切り離し、「室」として専門の組織としましたが、不適切介護報酬の返還件数はかえって減少しました。
 事業者指導室 指導Ⅰグループ 給付適正化指導を担当
(正職員2人 非常勤7人) 
 06年度実績   調査実施  110事業所
          返還件数   60事業所
          返還金額   20,449,698円
07年 4月  事業者指導室 改組 指導グループ(正職員4 非常勤6)
 07年度実績  調査件数  101事業所
          返還件数   18事業所
          返還金額   20,658,285円
 2008年4月には、事業者指導室を法人指導担当課に吸収し、「監査指導課事業者指導係」として正職員2のみに縮小しました。堺市の説明では、「不正摘発・給付費返還」というスタンスを改め、「従業者育成支援・事業所運営の質向上」に重点を移すというものです。事業者指導室がおこなっていた、事業所の定期訪問調査の取りやめ、実地調査は通報・苦情等の場合に限定するとのことでした。
④介護給付費調査の業務
 Kさん(介護給付費調査員)の主業務は「給付費実地調査」であり、介護保険事業所を訪問し調査を行うことでした。これまで居宅介護支援事業所でケアマネジャーとして勤務した知識・経験を活用し介護給付の内容調査を行うことが期待されていました。
 Kさんは、2006年4月配属後、長男の介護のため休暇をとった6月までの間は事業所実地調査に従事していました。

 (つづく)

プロフィール

福祉・介護オンブズマン管理者 日下部雅喜(くさかべまさき)

Author:福祉・介護オンブズマン管理者 日下部雅喜(くさかべまさき)
 福祉・介護オンブズネットおおさか事務局長
 介護保険料に怒る一揆の会事務局長
 大阪社会保障推進協議会介護保険対策委員
 
 

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