2009/10/31 Sat
 映画「沈まぬ太陽」を観に行った。

 久々に感動した。

 実はこの「沈まぬ太陽」の、山崎豊子の原作本に10年ほど前に、私のその後の生き方を決めるほど大きな励ましをいただいたことがある。

 「カベちゃん。あんた、この本読んでみいや」と、全巻5冊を紙袋に入れてもってきて貸してくれた人がいた。
 
 今は亡き福井宥さんである。

 当時、私は、社会福祉法人に対する監査での不正について、不正実行者をかばう堺市幹部との意見対立から、本庁から、出先職場に島流し的な不当配転を受けた。

 不正実行者らについては、私は「個人」で刑事告発をしたが、堺市当局はマスコミに対し、私に対し処分をも検討していることを語っていた。

 たった一人で、堺市当局に立ち向かうというのは、昇進も何もすべて捨ててクビ覚悟でやったつもりだが、どうしても動揺する。

 そんなとき福井宥さんは、「この本読んで、生き方をよう考えてハラくくったらエエ」と語ってくれた。
 「一人でも闘う」と勇ましいことを言いながら、実は途方もなく不安だった私を鋭く見抜いてくれていたのだろう。
 この不当配転の4年前に、私は、労働時間延長反対闘争での方針をめぐり、組合内の労使協調グループと対立し、労働組合の副委員長を失脚・辞任した経験をもっているからなおさらである。


 山崎豊子の「沈まぬ太陽」を読んで、私の覚悟は決まった。

 「懲罰人事といっても、東アフリカに飛ばされるわけでなし。
            とことん、わが道を行く。そして絶対辞めない」



 ところで、「沈まぬ太陽」の主人公 恩地元には、実在のモデルがいる。
 
 元日本航空労働組合委員長の小倉寛太郎氏 である。

 福井宥さんが、主宰していた「レボレスト」研究会では、2000年の3月に、その小倉寛太郎氏を招いて講演会を開いている。
 60年安保を闘った福井宥さんにとって、小倉寛太郎氏は、労働運動世代としては同じ世代である。

 小倉氏いわく
  「『沈まぬ太陽』はどこまでは事実でどこまでがフィクションか。アフリカ編1巻・2巻までは、私に関しては95%事実と同じ」
  とのことである。

 2000年6月に発行された雑誌「レボレスト」 第10号は、その小倉氏の「私の歩んできた道」という講演録が掲載されている。そして同じ号に「一公務員の挑戦状」という、私の拙文の掲載されている。

 小倉氏のような元日航労働組合委員長の歩まれた道と、私とでは比較するのも恐れ多いことだが、私が、その後の生き方を「沈まぬ太陽」で決めさせていただいたのは事実である。

 労働者の正当な権利を要求して断固闘い、その懲罰人事として、カラチ、テヘラン、ナイロビと海外をたらい回しにされながら、信念を曲げず最後まで会社に屈しなかった人。ジャンボ機墜落事故でも会社側でなく遺族側に立って誠心誠意尽くした人。
 日本航空時代の過酷なまでの経歴を経て、退職後はプロの自然写真家・作家として活躍され、また、東アフリカの野生生物についての第一人者としても名高い存在でもあった。そのきっかけは、不当にもケニア・ナイロビに飛ばされたことだという。「ふてぶてしく、たくましくが労働者の精神」と、そこでしかできないハンティングや動物写真に打ち込み、東アフリカの自然や歴史について造詣を深めたのである。

 小倉寛太郎氏は、2002年に亡くなられた。

 そして、その翌年2003年には、福井宥さんも亡くなられた。

 偉大な生き方は、その人がなくなっても多くの人に影響を与え、励まし続ける。

 小倉寛太郎氏とちがい 私は その足元にも及ばない、小さな、そして恥多き木っ端役人の人生であるが、信念だけは私なりに貫きたいと思っている。
 

 

 
 

 
 

スポンサーサイト
Category: 雑感・雑記
2009/10/29 Thu
 今日午前中は、大阪府和泉市役所へ。和泉社保協の方と情報公開請求していた文書の閲覧にいく。

 和泉市は介護保険の給付適正化事業を、ほとんどすべて、市内で介護事業を営む一事業者(NPO)に委託するという特異な市である。

 今回請求した文書は、委託契約に基づき受託事業者から年度終了後2か月以内に和泉市に提出されることになっている「報告書」と、地域包括支援センター職員に対するヒアリングの記録などである。

 ところが、「報告書です」と担当課がもってきたのは、そのつど市に提出されている「指導記録」だけである。

 これは委託契約第五条に規定する報告書ではありませんよ。本当にないのですか?

 和泉市 「ありません」

 毎年600万円以上も委託料を支払っているのに、個々の指導記録でなく、「事業」としての全体の報告書をなぜとっていないのですか

 和泉市 「ずっとこれで報告してもらっていたので・・・」

 委託契約書には、委託料は、「清算する」となっていますが、事業の収支決算書は提出されていますか(和泉市の委託契約書は「清算」と記載しているが正しくは「精算」)
 
 和泉市 「ありません」

 平成15年から一度も、精算して委託料を返還されたことがないのですか

 和泉市 「ない、と思います・・・・」

 和泉市には、包括外部監査はないのですか。監査委員の監査で指摘されたことはないのですか

 和泉市 「・・・・・。」

 これはあきれて話にならない。

 600万円もの委託料を支出しながら、委託事業全体の実施状況を取りまとめた報告書も、決算書も出させず、委託料の精算もしていない。

 公金支出のイロハもわきまえない、ズサン委託事業である。

 
Category: 介護保険見直し
2009/10/27 Tue
 今日は、朝いちばんに、大阪府庁で介護保険料に怒る一揆の会として「抗議申入れ」を行った。

不当な「確認」文書撤回せよ
審査会事務局の悪質な審査請求妨害に抗議
 10月27日午前、介護保険料に怒る一揆の会は、大阪府介護保険審査会に対し、抗議申し入れを行いました。
 これは、大阪府介護保険審査会事務局が、審査請求を出している人に対し、「審査請求の趣旨・理由を確認する」などという文書を一方的に送ったことに対し抗議をおこない、同文書を撤回するよう求めたものです。
 一揆の会からは宮崎代表、日下部事務局長、藤原事務局次長が参加、大阪府介護保険審査会は、介護支援課 吉田総括課長補佐らが応対しました。
「制度要求」を理由にした門前払いは許せない
 一揆の会は、今回の一方的な文書送付に対し、審査請求の趣旨・理由は審査請求書に明記されているにもかかわらず、制度要求を主張する者は門前払いをするという、悪質な審査請求の妨害である、と抗議し次の3点を要求しました。
①送付した書面について、ただちに撤回し、訂正文を送付すること
②書面を返送しない人を差別することなく、弁明書送付、反論書提出・口頭意見陳述の機会を保障すること
③介護保険審査会が被保険者の権利救済機関としての責務を自覚し、審査会の審査手続きの改善を行うこと
「制度要求が多かった」が理由?

 審査会事務局は、今回の文書は、審査会で検討して出したものであるとしつつ、これまでの審査請求の口頭意見陳述の内容等を見ると、「制度改正」の要求が多く審査会の権能になじまないものがあったので、審査請求の趣旨を「お尋ね」するために送った、としました。
審査請求を差別することは許されない
 一揆の会側は、審査請求人は、すべて「介護保険料決定の取り消し」を求めていることは審査請求書に明記し、記名押印してあることから明らかである。介護保険制度が多くの問題をもっており制度改悪でますます悪くなり、介護保険料は上がり続けている中では、制度問題についての主張が出るのは当然である。これを理由に「審査の対象としない」などというのは、救済機関としての責務を投げ捨てるものである、と重ねて強調しました。また、審査請求の要件を具備しているのにこの確認文書を返送しないことで審査請求を門前払いにするのは法的にも認められない、と主張しました。
 審査会側は、制度要求は審査の対象外、文書は撤回するとは言えない、という主張を繰り返しつつ、「申し入れの内容は審査会で検討する」と答えました。


 抗議申し入れ書


                                2009年10月27日

大阪府介護保険審査会
会長 池田 敏夫 様

                           介護保険料に怒る一揆の会
                               代表  宮崎 守正


    審査請求人に対する不当な「趣旨・理由確認」の書面送付について

 2009年度介護保険料決定処分に不服審査請求を行った人に対し、「大阪府介護保険審査会事務局」名で、審査請求書における趣旨及び理由について「審査の対象となるかどうかを確認」すると称する書面が送付された。
 審査請求の趣旨(保険料決定処分の取り消しを求める)及び理由はそれぞれの審査請求書に記載されている。あとは審査会で審査するべきことであって、事務局段階でこのような「選別」を行うための書面は全く不要である。介護保険制度開始後、毎年の審査請求においてこのような書面を送ることなく審査してきた経過からみても、このような書面が不要であることは明らかである。
 今回の書面は、審査請求の要件を具備し受理された審査請求に対し、事務局段階で「審査会の審理の対象にならない」と決めつけ、審査請求を門前払いしようという悪質な審査請求妨害であり、断じて認めることはできない。また、被保険者の権利救済機関としての審査会事務局として行ってはならない行為でもある。
 このような書面を送りつけたことに対し、厳重に抗議するとともに、下記のとおり申し入れる。

                        記

1 事務局が送付した書面について、ただちに撤回し、送付した請求人全員に訂正文を送付すること

2 返送しない請求人及び「1」に○印を付して返送した請求人についても差別することなく、通常通り審査し、弁明書送付、反論書提出・口頭意見陳述の機会を保障すること

3 介護保険審査会が被保険者の権利救済機関としての責務を自覚し、審査会の審査手続きの改善(再反論の機会の保障、口頭意見陳述の委員出席など)を行うこと




 

 

 

 
Category: 介護保険料
2009/10/25 Sun
 10月25日は、「高齢者の施設づくりをすすめる近畿連絡会」の第12回総会が大阪・高槻市立総センターで開かれ、私も役員の末席を汚している関係上、出席した。

 この連絡会は、近畿二府四県の22の施設づくり運動の団体と個人会員からなる連絡会で、各地の高齢者施設づくりや宅老所づくり運動の情報交流や、国・自治体に対する請願署名などを取り組んできている。
 
 事務局長に依頼されて、介護保険の動きと運動課題についてお話させていただいた。
 
 介護保険改悪で施設・居住系サービスの整備が抑制され、2014年度には要介護2~5で施設・居住系サービス利用者が37%以下という目標が課せられた。

 このため、特別養護老人ホームもグループホームもその整備が進まなくなり、さらに介護療養型医療施設の2011年度廃止で追い出しに拍車がかかり、行き場のない「介護難民」が深刻な社会問題になりつつある。

 政権交代と真の政策転換へ、介護難民を生み出さない社会づくりをめざすことが求められている。

 こんな趣旨の話をさせていただいた。

 近畿連絡会では、今後年内に近畿選出の国会議員との懇談を行い、新政権に向けての政策要求をまとめ、来年5月まで請願署名運動を取り組むことにしている。

 総会では、地元の高槻市に「老後のくらしよい施設・すまいをつくる会」が9年にわたる地域での「街かどデイハウス」運営や、まちづくりの実践を報告された。
 
 総会で採択された総会アピールは
  1 夢ではない“高齢者福祉の時代”を、私たちの手で作り出しましょう!
  2 高齢者の居場所・もう一つの家を今こそ、ポストの数ほど作りましょう!
  3 蓄積された経験と、垣根を超えた交流を通じて、新しい共同を探求しましょう!
 のスローガンで締めくくられていた。
 
 
 


Category: 介護保険見直し
2009/10/24 Sat
 10月24日夜は、大阪・淀屋橋で介護保険料に怒る一揆の会の緊急事務局会議。

 議題は、 大阪府介護保険審査会事務局が21日に一方的に送りつけた、審査請求の「理由・趣旨」の確認なる文書についての対応である。

 いろいろ協議したが、結論は

 「その手に乗るか!」である。

 一揆の会は、断固として闘う道を選ぶことになった。
Category: 介護保険料
2009/10/24 Sat
 10月24日は、大阪社保協・門真社保協の「門真市国保調査」参加。

 一調査員として参加したが、門真団地など一地域に二日間で数百人の調査員を投入し、全戸訪問・直接対話で国保加入世帯の健康状態、医療受診状況、生活実態、保険料・医療費負担状況など31問もの聞き取り調査を実施するという、壮大な調査活動である。
 
 かつて大企業城下町であって大阪府門真市は、生産拠点の海外移転などで空洞化がすすみ、大阪で最も貧しい地域である。
 門真市の国保加入世帯の7割が世帯所得100万円以下、国保料収納率は、全国ワースト2位で、09年3月では、滞納率は69.9%という驚くべき数字という。

 この誰もとりくんだことのない規模の国保実態調査は、大阪社保協によれば、「アクションリサーチ」という。単なる学術調査でなく、「働きかける調査」であり、調査によって、国保問題を世に問い、国保を本来の社会保障制度にしていく運動の出発点と位置付けられている。

 朝、10時から意思統一集会・国保ミニ学習会。

 府内各地から250人以上が参加。
 三重短期大学の長友准教授(門真国保調査実行委員長)が、調査の意義と具体的方法について詳細に説明、参加者からは実に多くの質問も出された。

午後からは二人一組で門真団地などを全戸訪問。

一揆の会のHさん(元保健所の保険師)さんと、国保世帯の訪問調査に出かけ、28戸の賃貸マンションを担当。すでに6戸は住んでいない。留守が11件、拒否やら社会保険加入の人、生活保護の人もおり、調査対象はさらに限られる。
 Hさんは、さすが元保健師、実によく会話が進む。健康のこと、暮らし向きのこと、家族のこと、次々と語っていただいた。
 高血圧の女性には、冬に風呂に入るときの注意点など懇切丁寧にアドバイスされ、「ミニ保健指導」のような会話もあった。

 以下、聞き取り調査から

 1人目。50歳代の夫婦世帯。
 夫は零細企業のアルバイト(時給でボーナスもなし)だが、給料が安い分、居心地がいいと続いている。アトピー性皮膚炎のため通院は欠かせず、わずかな収入のため食費も切り詰め、近所の100円均一のスーパーで買い物をするとのこと。月12000円もの国保料。以前は5000円ほど下げてもらったこともあるが、今は通院し医療費も使うので全額をしっかり払っている。ここは便利で住みやすい街なので離れられない。もっとまともな給料がもらえて国保料や医療費がやすければいいのに…

 2人目。60歳代後半の夫婦。
 夫は運送関係の会社で車持ち込みで請負で働いている。車の必要経費がかかり生活費つかえる収入はわずか。妻の年金は年60万円ほどあるが、生活費の不足は姉に日用品・食品など援助してもらっている。妻は今年1月に突然自宅で高血圧で意識を無くし倒れ、40日間も入院した。その後月1回通院しており、医療費は削れない。国民健康保険料は、2年前に住んでいた大阪市と比べて月5000円程上がった。月20,000円は本当に高い。以前の大阪市の区役所の窓口は高い家賃まで心配してくれたが、門真市ではそんな声はかけてもらっていない。

 この地域のごく普通の国保世帯のようで、幸い、現時点では滞納にはいたっていない。しかし、貧しく、つつましく暮らしながら、高い国保料のもとで、医療費も削れず暮らしている姿が浮き彫りになった。

 まとめの集会では、
 1市民とともに国保再生へ
 2声なき声を代弁する
 3小さな声も集まれば大きな声に
 
 と国保実態調査の意義が強調された。

Category: 社会保障問題
2009/10/23 Fri
 書店で、多田富雄先生の「わたしのリハビリ闘争 最弱者の生存権は守られたか」を見つけ購入した。

 2006年4月、診療報酬改定で、リハビリ医療について、前代未聞の「日数制限」が持ち込まれた。一部の疾患を除き原則として発症から最大180日に制限され、それ以降はリハビリ医療は打ち切りという大改悪である。

 180日で改善の見込みがなければそれでリハビリ医療は、終わり。

 リハビリを最後の希望として訓練に励んできた患者や障害者から最後の命綱を奪う、この大改悪に敢然と立ち向かったのが多田富雄先生である。

 世界的な免疫学者であり、また、新作能の作者でもある多田富雄先生は、2001年脳梗塞で右半身の自由と言葉を失いながら、必死のリハビリで、残された左手一本でコンピュータ入力できるまで回復され、執筆活動を再開され活躍されている。

 その多田先生が、不自由な体で、厚生労働省のリハビリ打ち切りに反対闘争の狼煙をあげ、わずか2か月で28万人もの署名を集め、厚生労働省に大きな衝撃を与えた。

 2006年、同時期に「予防重視」を口実に軽度者切り捨て・サービス取り上げの改悪をされた介護保険で有効な反撃ができずにずるずると後退を続けているとき、多田先生たちのたたかいはすさまじく、また、多くの人たちの感動をよんだ。

 ”政人(まつりびと)いざ事問わん老人(おいびと)われ生きぬく道のありやなしやと”

 ”ねたきりの予兆なるかなベッドより”
 ”おきあがることできずなりたり”

 同じく、脳出血で倒れ半身まひとなりながら懸命のリハビリを続けておられた、著名な社会学者 鶴見和子先生の「辞世の句」である。

 リハビリ医療打ち切りにより、生きる希望としてのリハビリを打ち切られる残酷な仕打ちに遭遇し、ベッドから起き上がることもできなくなり、折りからの大腸癌が悪化し、それでも最後の力を振り絞って、人間としての生き様をあるがままに詠んだ短歌を残して2006年7月逝かれた。
 
 多田先生は、鶴見先生とは往復書簡を邂逅(かいこう)」(藤原書店 2003年3月)という本で出版されているが、「リハビリの打ち切りが鶴見氏の死を早めた」と怒りをこめて国を断罪する。

 また、多田先生は、こうした大改悪を仕組み、反対運動がおこると「緩和」や「除外」でごまかし、改悪を押し通そうとする厚生労働省官僚の「行動様式」も見事に分析されている。
 「一度自分たちで決めた制度は、決して変えないという、官僚の無謬神話があった。いかにも世論に耳を傾けて手直しをしたと煙幕を張って、決して既存の制度の本質は変えないという策動があった」

 まさに、介護保険改悪しかり、要介護認定しかり、後期高齢者医療制度しかりである。

 一方で、多田先生は、リハビリ医療打ち切りという患者の命を切り捨てる、医の使命にもとるような改悪に、まともの反対の声をあげなかった医師会やリハビリ学会にも「腰抜け」と手厳しい批判を歯に衣着せず投げつけられている。

 半身まひでありながら命をかけて厚生労働省とたたかった先生ならではの言葉の重みである。
 わが介護保険でも、どんなにひどい制度改悪をされても抗議の声一つ上げない介護支援専門員協会をはじめ、「腰抜け組織」ばかりである。

 そして、多田先生のこの言葉は、もっとも大切なことを教えてくれている。

「このような絶望的闘いであったが、私は負けたとは思っていない。私の蒔いた種は、人々の胸に育っている。それは弱者にも人権を主張する力があるという思想である。たとえ力のないマイノリティーの主張であっても、言葉の力は世界を動かす。48万の署名は、無視することはできない。この時点で私たちは厚労省に勝っていたのだ。
 勝っても、実現できていないものは沢山ある。原爆症認定裁判も、水俣病の被害者認定裁判でも、最高裁の判断では勝っていても、いまだに救われない原告は大勢いる。でも実現しなかったものに残された怒りが、息の長い運動のエネルギーとなっているではないか。
 私はそれに期待している。」

 あれだけの闘いをし、厚労省に裏切られても、展望を失わない、半身まひにリハビリで立ち向かい生き抜いてこられた多田先生ならではの楽天性ではないか。

 なお、今年の介護報酬改定で、短時間(2時間未満)の通所リハビリが盛り込まれ、医療機関がみなし指定で、介護保険にシフトすることになった。

 まさにリハビリ医療打ち切り、介護保険への流れである。

 この問題を含め介護保険側の課題は大きい。
 
 
 
Category: 介護保険見直し
2009/10/21 Wed
 大阪府の介護支援課から介護保険料不服審査請求について電話があった。

 言いにくそうに
 「今回から、審査請求人の方に審査請求の趣旨と理由ついて審尋させていただくことになり、本日一揆の会を通じて審査請求されかた方に送りました」

 なにー! 湧き上がる怒りを抑え、府の担当者の説明を聞く。

 要するに、先に出している不服審査請求の趣旨が制度改正等を求めるものであれば審査対象としない、そのために、もう一度、善審査請求人に確認文書を送った、ということのようである。

 何を寝ぼけたことを言っているのか!。
 被保険者が「納得できない」「不当だ」と思うからこそ、審査請求を出しているのである。それが適法かどうか、不当か妥当かを判断するために審査会があるのである。

 制度の改廃を求めるものは審査せず、ボツにしてしまおうという、究極のサボリ審査会である。

 ようするに何百件もある膨大な審査請求(しかし、その一つ一つは介護保険料に対する一人一人の高齢者の生活のかかった血の叫びである)を審査・採決しなくてもすませるように、しようというのである。

 審査請求書に「趣旨」も「理由」も明記されている。それをしっかり読んで、弁明・反論・口頭意見陳述を通じて審査会委員が真剣に判断すべきなのである。

 最初から「これは制度要求だから審査に値しない」などと排除しようというのは絶対に許せない。

 このいやらしくも悪質な手法は東京都の介護保険審査会が早くからやっている。

 「東京のやり方をまねたのか」と問うと

 「他のところも情報交換はしています」との返答。

 府庁の優秀な小官僚どもよ。君たちの頭脳はこんなアホなことをするためにあるのかね。

 公務員として恥ずかしくないのかね。

 私は一木っ端役人にすぎないが、少なくともこんな悪知恵で自分たちの仕事を軽減して楽になろうなどと考えたことはない。

 話をしていて怒りを通り越して情けなくなる。

 しかも、先週、大阪府介護支援課に電話したとき、総括主査は、この件について何も言わず「審査のスケジュール等は来週電話しますので」と言っていた。

 それを「本日送りましたから・・・」と事後報告である。
 事前に相談するという誠意もないのか。

 さすがに、「この件については、よろしければ説明に出向きますので・・・」などと下手に出たりする。
 
 しかし、今頃説明にやってられてもあとの祭りではないか。もう発送してしまっているのだから。

 こんな汚なく、卑怯な手を使って、高齢者の切実な不服審査請求を圧殺し、審査会委員と事務局職員の仕事を楽にしよう、などいうのは最低の人間のやることである。

 コイツら、自分たちの所業が恥ずかしくないのであろうか。

 さっそく一揆の会の世話人さんや年金者組合のみなさんに連絡すると「何や!これは」と驚きと怒りの声が寄せられた。


 大阪府が送ったという文書 


平成  年  月  日

審査請求人        様

 大阪府介護保険審査会事務局


審査請求書における趣旨及び理由について

 あなたから提出のありました審査請求書において、審査請求の趣旨及び理由が記載されていますが、その内容が当審査会の審査の対象となるかどうか必ずしも明らかでなく、確認する必要がありますので、別紙様式に記載のうえ、平成  年  月  日(必着)までに下記あてご返送いただきますようお願いします。
 なお、返送なき場合は、審査できないものとして取り扱わざるを得ませんのでご了承ください。


 

 【あて先】
 大阪府介護保険審査会事務局
  〒540-8570
 大阪市中央区大手前2丁目1-22
 大阪府福祉部高齢介護室介護支援課
 企画調整グループ(審査担当)
 TEL06-6941-0351(内線)4476・4477




(別紙)          介審○○○○号  審査請求人○○○○


 あなたが大阪府介護保険審査会に審査請求をした趣旨及び理由は次のうちどちらですか。次のいずれかに○印を付けるとともに、その具体的な内容をご回答下さい。


1.介護保険法あるいは介護保険制度の見直しや廃止、又は処分の変更を求める。
 これには以下の場合等が該当します。
  *介護保険法又はこれに基づく処分は憲法に違反する。
  *介護保険制度を変えてほしい。
  *介護保険料が高いので引き下げてほしい、保険料を払いたくない。
 →これらの事項はいずれも審理の対象とはならない事項ですが、上記の内容等は、ご意見・ご要望として、大阪府(福祉部高齢介護室介護支援課)において承りますので、その具体的内容についてご記入ください。

   具体的内容をご記入下さい。



2.今回の介護保険料決定通知処分が、法令等に違反し、違法又は不当であるから処分の取り消しを求めるものである。
 これには以下の場合等が該当します。
  *介護保険料額の算定や対象所得の把握に間違いがある。
  *年金からの天引き回数や時期が間違っている。
  
   具体的内容をご記入下さい。




Category: 介護保険料
2009/10/20 Tue
 10月19日の毎日新聞朝刊。
 大阪社保協・寺内事務局長がでーんと。
 
 いわゆる「無保険の子」問題である。大阪社保協が府内17自治体628人の子が、親の国保料滞納で保険証を取り上げられているというデータを公表していたのを毎日新聞が「無保険の子級材キャンペーン」を行い、全国主要都市調査、さらに厚生労働省による全国調査で、3万3000人の無保険の子が判明、昨年12月に国民健康保険法改正され、中学生以下の子には無条件で国民健康保険証を交付されるようになった。

 大阪社保協発データが毎日新聞というメディアを通じて社会的な力になり、わずか半年で国を動かした。一連の記事で今年の新聞協会賞を受賞した毎日新聞が組んだ特集記事である。
 
 事務局長のブログ

 19日夜、社保協事務所で開かれた介護保険料に怒る一揆の会世話人会でも、記事のコピーが配られ、「たいしたもんや」、「忘年会には寺内さんの慰労会をしよう」と盛り上がる。

 大阪社保協には、独自の自治体調査によって集積した貴重なデータがたくさなる。もっぱら寺内事務局長の調査力と全自治体が回答してくれるまでしつこく追及し、集計結果は公表し、自治体にも還元するという活動スタイルのたまものである。
 大阪社保協では、24・25日と、「国保最貧市」である門真市で、全国どこもやったこともない史上空前の大調査活動を予定している。 


 ところで、今度は「無保険の高齢者」が問題になりつつある。

 後期高齢者医療制度で、保険料を滞納し、期限付きの「短期証」となった高齢者が全国で2万8000人に上ることが厚生労働省調査で明らかになった。
 
 介護保険にいたっては、滞納者の数はさらに桁違いに上回り、もし要介護状態に陥っても介護保険が利用できない「潜在的無保険」の高齢者は膨大な数である。

 そもそも、国保で大量の「無保険の子」を生み出したのは、介護保険に横並びで、2000年4月から国保料滞納世帯へのペナルティーを強化したことにある。それまで市町村の裁量で「できる」と規定されていた「資格者証発行」が、義務規定となった。
 この規定は同時期に介護保険が同じように滞納者へのペナルティーを義務化して出発した介護保険法の規定と同一である。

 さらに、このペナルティー義務化規定は、08年からの後期高齢者医療制度にも持ち込まれ、「無保険の高齢者」を作り出すことになる。
 
 大阪社保協データでは、大阪府内の後期高齢者で滞納により、「短期証」発行となっているのは4,150人に上る。
 老人保健制度のときでは、高齢者はペナルティの対象外とされていたのに、後期高齢者医療制度開始1年半でこの始末である。
 やはり、後期高齢者医療制度は即時廃止である。犠牲者を出してはならない。


 ここでも諸悪の根源は介護保険である。
 社会保障の公的な責任を投げ捨て、「保険主義」を徹底し、人の命よりも保険財政を重視する介護保険をモデルに、国民健康保険が変質し、後期高齢者医療制度が作られた。

 一揆の会世話人会では、介護保険制度廃止のたたかいへと、話は盛り上がる。

 政権交代で、「大阪が国を動かす」条件は広がっている。

 
Category: 社会保障問題
2009/10/18 Sun
 10月18日は札幌市厚別区の「第8回広げようヘルパーの輪in厚別 -ホームヘルパー講演と交流の集い」という催しに招かれた。昨夜10時過ぎに札幌市に到着。ススキノのホテルに前泊し、朝からJRで厚別区のJR札幌厚別支店ホールへ。

 厚別区は人口129,176人(今年7月現在)、訪問介護事業所はWAM‐NET上では30ほどある。厚別区ホームヘルパー連絡会は、区内の事業所の大半が加盟し、自主運営している。
 そして、このヘルパーの集いには、160人以上のヘルパーが参加された。ひとつの行政区で、自主的運営の団体で、日曜日に朝からやる催しでこれだけの人数を集めるところは私は見たことがない。
しかも、ほとんど全員定刻通り、着席され、とても熱心。8割以上が登録ヘルパーということだが、この組織性・規律性には本当には敬服した。
 参加費500円を事業所が「行っておいで」と負担してくれるところも多いそうである。

 介護保険が始まったとき、措置制度の時代に認められていたヘルパーの車の駐車禁止除外が認められなくなり、事業所が警察と話し合うために連絡をとりあったことがこの連絡会の始まりという。
 以来、毎年、150人~200人を集めてヘルパーのつどいを開催されている。

 「制度が悪くなり、ヘルパーは展望が見えない、毎月の例会でも愚痴ばかりになっているので元気の出る話をしてほしい」。
 連絡会代表の要請だったので、私のテーマは、
 「『介護保険10年目の検証』これでいいの?ヘルパーのしてくれること・すること」というものになった。
 
 登録ヘルパーさんたちなので、制度問題が理解していただけるか心配だったが、札幌市の介護保険特別会計は第3期末で41億円もの「取り過ぎ介護保険料」(介護給付費準備基金)がありながら、第4期にはその半分の21億円しか繰入せず、介護保険料はわずか月75円しか引き下げていないことなどをお話すると、驚きの声が上がった。 介護保険の運営実態は、高齢者だけでなく、第一線の従事者に対してもほとんど知らされていない。
 
 そして、ヘルパーのサービス内容では、「散歩介助」問題。散歩介助が介護保険で可能との厚生労働省見解を引き出す原動力となった、大阪における「大阪府訪問介護サービスQ&A」全面改正の取り組みと昨年の国会で「犬の散歩も場合によってはありうる」との厚生労働大臣答弁を引き出した経過をお話しすると、参加されているヘルパーさんの表情がパッと明るくなった。

 昼食のときに役員さんたちと話をしたが、「散歩介助なんてこれまでヘルパーができるなんて考えもしなかった」という方もいた。
 在宅の要介護者にとって大きな可能性を持つホームヘルパーの援助がもっと生き生きとしたものになるために、機械的・一律的な制限その可能性を摘み取ってしまう。

 制度は現場の声と運動で変えられる―地域で立派な活動を8年以上も続けられている厚別区のヘルパーさんたちに、大阪でのささやかな取り組みが少しでも参考になれば願いつつ、会場を後にした。

 
 
Category: 介護保険見直し
2009/10/17 Sat
 今日(10月17日)は、昼から観光客でいっぱいの京都・嵯峨野へ。
 といっても、観光はまったくなしで、JR嵯峨嵐山駅前の「コミュニテイ嵯峨野」という研修施設で開かれた全日本建設交運一般労働組合(略称:建交労)の「第47回事業団・高齢者運動交流集会」に参加しただけである。
 この組合の「全国ヘルパー交流集会」を今年は、「介護分科会」として開催するということで、その講師に招かれた。
 私のテーマは「これでいいのか介護保険!よりよい制度改善に向けて今やるべきこと」というもの。

 建交労は、3つの組合が合同して作られているが、この集会の母体となったのは、「全日本自由労働組合」(全日自労)である。これは失業対策事業で働く労働者の組合であった。戦争と失業と貧乏に反対する運動をくりひろげ、わが国における社会保障闘争の分野で先駆的な役割をはたした輝かしい歴史を持つ組合である。

 確か「じかたび」という機関紙を発行していて、私も若い頃、失対工営所においてあるのを見たことがある。

 1970年代後半、失業対策事業が打ち切らたため、組合として「事業団」づくりを開始し、全国で100近い事業団、1万人の団員、約20億円の事業を作り出し、就労の場を自ら作り上げる活動を展開してきている。

 介護関係では、北海道から沖縄まで14の事業体をもち、ヘルパーを中心に多くの組合員がいる。
  残念ながら大阪には一つもないので、 私にとっては初めての交流である。

 ヘルパー交流集会の参加者の大半はヘルパーだが、ケアマネジャーやデイサービス、小規模多機能居宅介護の従事者もおられた。

 1時間半ほど、お話しさせていただいたが、終わったのち、福岡県の方が、「以前大阪社保協の研修に参加させてお話を聞かせていただき、さっそく地元で知らせてとても参考になりました」と声をかけていただいた。 とても恐縮する。また、田川市の市議会議員も来られていて、福岡県介護保険広域連合の介護保険料問題について教えていただいた。

 ほかのみなさんも、とても熱心で素晴らしい仕事と活動をされているヘルパーさんばかりである。後から報告される予定のレポートを読んだが、こちらの方が勉強になる素晴らしい内容であった。
 もっと、いろいろお話ししたかったが、時間の関係で、会場を出る。

 そして、電車に飛び乗り、京都から「特急はるか」で関西空港へ。

 18:50発のJALで、札幌へ向かう。明日は朝から札幌市厚別区のヘルパーの集いである。
  今、関空の待合室のパソコンサービスコーナー。 明日の出会いが楽しみである。
  
Category: 介護保険見直し
2009/10/13 Tue
 10月13日夜、 和泉市コニュニティセンター会議室で、「和泉市のローカルルールとケアプラン点検を考える事業所懇談会」が開かれた。市内から26名の介護保険事業所関係者が集まっていただいた。
 
 和泉市では2003年から「給付適正化」事業を行っているが、市内の一介護保険事業車でもあるNPOにその事業を丸投げ委託していること、そして、和泉市独自のさまざまなローカルるーるがあることが大きな問題と、地元から声があがっていた。

 大阪社保協と和泉社保協では、この間、事業所アンケートや和泉市に対する情報公開請求、そして8月には自治体キャラバンの中で、和泉市担当課との話し合いをおこなってきた。

 事業所懇談会では、実に多くの意見が聞かれた。「適正化指導は勉強になる」という声もある一方、「ローカルルールは疑問」という本音も多く聞かれた。

 「今後も和泉市ルールは守らなアカンのですか」という率直な声も。

 そういう地域ルールはよいものであれば問題いはないが、介護事業者や利用車が迷惑するのようなものであれば、みんなで話し合い,要望し、変えていくべきものではないでしょうか、と問題提起させていただいた。

 次回もまた開くことになった。やっと始まった和泉市内の取り組み、今後の発展が楽しみである。


Category: 介護保険見直し
2009/10/12 Mon
 書かなければならない原稿、作らなければならないレジメや資料がいっぱいあるので、10月10・11・12日は、こもって作業をしなければならない状況だったが・・・。

 えーい! どうにかなるわい!
 
 と2泊3日で、石見銀山を見に行った。 旅館に泊まらず、車中泊の旅である。それでも気になり、ミニノートパソコンと関係資料は車に積み込んで。

 10日は昼過ぎ出発。

 近畿道~中国道~米子道~山陰道~バイパス~国道9号と走るが、夜8時すぎたので、出雲市の海岸沿いの道の駅「キララ多伎」で一休み。

 そこの休憩所で海の音を聞きながら、ノートパソコンを開き、来週日曜日の札幌市のヘルパー学習会のレジメをパワーポイントでシコシコと作成する。
 気がつくと11時半!

 近くのコンビニで買った弁当と缶ビールで遅い夕食兼晩酌を道の駅の休憩所で。同じように道の駅で車中泊するというキャンピングカーの老夫婦と宴会になる。

 翌11日朝、目を覚ますと、キャンピングカー夫婦は出発した後。

 国道9号をゆっくり走り、途中、妻の父の実家のある 大田市静間に少し寄り道。

 午前11時に、石見銀山到着。

 世界遺産センターの駐車場から、バスに乗り、大森でおりて、あとはひたすら徒歩。

 一番上の龍源寺間歩(銀を採掘した坑道跡)まで行き、さらに江戸時代の町並みの残る大森地区をゆっくりゆっくり散策。

 地元の人にあれこれ訪ねたり、店の人に話し込んだり、ガイドさんに質問したりで、気がつくと午後5時。

 さすがは世界遺産である。一見するとただの田舎町にすぎないが、歴史の宝庫のような地域である。とても1日では足りない。

 リュックに入れたノートパソコンはこの日は一度も開かれず。完全な「観光デー」となる。

 帰りは浜田道をめざし南下。浜田道~中国道と走ったところで、眠くなり、大佐SAで停止。ここでもキャンピングカーやミニバンの車中泊の方たちの仲間入り。 
 金と時間を気にせず、気ままに走り、遊び、泊まれるのが、この車中泊のよいところである。

 そして今朝(12日)は、大佐SAに隣接している公園というか空地というか、少し木立があってテーブルとベンチがあるところで、バーナーでコーヒーを沸かし、トーストを焼いて朝食をとったのち、パソコンで資料作成作業。13日夜の会議の資料でなんとしても明日朝まで作成しなければならないので、午前中いっぱいかかって何とか形にする。

 午後はひたすら、中国道~近畿道を走り、帰宅。
 夜は、14日午後の介護保険料に怒る一揆の会世話人会の資料作成作業。

 よく遊び、よく活動し 限りある時間、両方同時進行するのも、なかなかツライ。


 

 
 
 
Category: 雑感・雑記
2009/10/08 Thu
 昨日(7日)から今朝にかけて、台風18号が近畿近辺を通過。

 私は、今年6月から堺市の「災害地区班」というものを仰せつかった。

 堺市は、風水害時109か所、地震災害時163か所の指定避難所が開設されるが、災害地区班は、その避難所の開設から閉鎖までの運営管理をおこなうのが仕事。

 まあ、これも木端役人の仕事の一つ。任期は5年間。

 私の居住地域の小学校で、夜9時から朝9時までが担当時間である。2名であたる。

 昨日夕方、
 「今夜9時から避難所を開設するので、担当の小学校へ行って避難所を開設せよ」
 と電話で指示がある。

 まだ、長靴ひとつ貸与されていないのに…
 と思いながら、家に帰り、作業着に着替え、小学校へ

 相棒が体調不良のため補充要員の方と合流し、小学校の校長・教頭と職員室へ。

 体育館のカギを開け、点灯し、区の災害対策本部へ避難所開設完了の電話。校区自治会の災害対策担当役員にも連絡。

 一応、災害用物資を保管してあるコンテナ型備蓄倉庫に毛布180枚があることをリストで確認。

 「毛布は避難の方が来られてから出せばいいですね」ということにする。

 あとは、防災無線を聞きながら、ひたすら待つのみ。

 がらんとした体育館。外は暴風雨の音が激しく屋根・壁をたたく。
 幸い大きな被害もなかった様子。 

 朝まで待ったが、誰も避難してこず。
 当然である。この地区では、水害の危険のあるようなところはほとんどない。

 まあ。これも避難所設置という最低限の責任を果たす危機管理の一環か、と自分で納得。
 

 「避難者のいない避難所は午前6時をもって避難所を閉鎖・撤収せよ」
 の指示が防災無線で入る。

 体育館を施錠し、区対策本部に「閉鎖完了」の報告を入れて、帰宅。

 一晩完全に費やし、予定していた原稿書きはできなかった。

 ところで、堺市では、7日に9月の市長選挙で落選した木原市長が退任。

 当選した竹山市長の任期は8日からとなるため、初登庁は、8日午前3時ころに災害対策本部ということになるとのこと。

 堺市役所では、竹山新市長のことを「台風」と呼び、戦々恐々としている管理職も多い。
 
 「台風にふさわしい初登庁のしかたやな」 ある管理職の弁である。

 「台風は数時間で通り過ぎるからエエけど、市長は4年間おるで」

 これから、大阪府「橋下流行革」をまねた、竹山行革が吹き荒れるのであろうか。
 

 
Category: 堺市政問題

プロフィール

Author:福祉・介護オンブズマン管理者 日下部雅喜(くさかべまさき)
 福祉・介護オンブズネットおおさか事務局長
 介護保険料に怒る一揆の会事務局長
 大阪社会保障推進協議会介護保険対策委員
 
 

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索