2011/12/05 Mon
 「岩手まで来たんだから被災地を見ていったらどうですか」
一関市の学習会後の懇親会の席で、元いわて労連議長のKさんからおことばをかけていただいた。

5日朝から、一関市職労の宣伝カーで陸前高田市へ向かう。運転は一関市職労書記次長のKさん、岩手自治労連のS委員長も同乗され親切にご案内いただいた。

途中、気仙沼市の被災現場に立ち寄る。港周辺は、津波で倒壊した建物の瓦礫や、火災で燃え残った建物がいまだに立ち並んでいる。壊れた車両や陸に打ち上げられた漁船もまだいくつかそのままである。

「気仙沼は、まだ建物が残っていますが、これから行く陸前高田は、建物も残らず津波にさらわれていますよ」
S委員長の弁である。

さらに宣伝カーで陸前高田市へ。

一本だけ残った高田の松原の松の木を横に見ながら、陸前高田市の「市街地」、いや市街地だった場所へ車を乗り入れる。

本当に建物の土台すら残っていない。瓦礫が片付けられた元市街地は 見渡す限りただの「広っぱ」になってしまっている。そして水たまりがあちこちに。

「津波で排水溝も埋まってしまい、地盤も沈下しているので、水が引かないんです」とK書記次長。

かろうじて建物の原型をとどめているのは陸前高田市役所と その裏のスーパーだけ出る。津波でグシャグシャになった市公用車、消防車、移動図書館車両の残骸が並んでいる。

「庁舎は四階まで津波でやられました。陸前高田市職労の書記長や執行委員も犠牲になりました。組合事務所の二人の書記さんのうち一人も亡くなりました」

市職員も多くの方が公務中に犠牲になったという。

3・11から、九か月になろうとしているのに、この惨状。ぼう然と言葉をなくした。
そして、高台にある中学校の仮設住宅群を抜け、九月に完成したというプレハブ3階建の「仮設庁舎」の横に立つ陸前高田市職労の簡易ハウスの組合事務所を訪ねる。

委員長さんらがわざわざ仕事を抜けて応対してくれた。書記さんは何度も「もう12月早いものですね」と3・11以後のことを振り返る。
「自治労連共済」の死亡給付金の話になり、
「組合員のご主人の死亡で、給付金の手続き書類を手渡してるんですが、まだ、行方不明なので気持ちの整理がつかないらしく手続きがまだです」。
自治体労働者は自ら被災者でもある。

仮設庁舎には、全国そして県内からの自治体の支援職員が大勢きているという。

「今度、盛岡市から来ている職員の食事会をやるんですよ」
「震災のためできなかった新規採用職員歓迎会を明日夜やるんです」

 苦難のなかにも労働組合ならではの取り組みの一旦を垣間見た。

行政レベルでの職員派遣とは別に岩手自治労連は、陸前高田市内の旅館を借り切って「支援センター」を開設し、のべ6000人以上のボランティアを派遣したという。

市街地に入る途中の道でのこと。

「このあたりは、水産加工業者の倉庫が津波で壊れてサンマが大量に流され、あたり一面サンマだらけだったんです」。
震災から1カ月以上たった5月になってもサンマの片づけに業者も行政も手が回らず、腐敗したサンマの悪臭は地域に漂い大変な状態だったという。自治労連ボランティアが、腐敗サンマの除去作業をし、ようやく今、車の窓をあけても臭いがしなくなったという。

「死体安置所」の管理も陸前高田市の職員が当番であたったという。死体の発見・回収は警察や自衛隊でも、その後の死体の管理は市の仕事で、ドライアイスを替えて腐敗防止することもやったとのこと。

被災地に自治体労働者の本領を見る思いであった。
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プロフィール

福祉・介護オンブズマン管理者 日下部雅喜(くさかべまさき)

Author:福祉・介護オンブズマン管理者 日下部雅喜(くさかべまさき)
 福祉・介護オンブズネットおおさか事務局長
 介護保険料に怒る一揆の会事務局長
 大阪社会保障推進協議会介護保険対策委員
 
 

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