2012/01/09 Mon
 1月6日に閣議報告された「社会保障・税一体改革素案」。

 消費税引き上げとともに社会保障を大改悪する内容だが、その根本的な考え方がまちがっている。

 「年金、医療、介護などの社会保障を持続可能なものとするためには、給付は高齢世代中心、負担は現役世代中心という現在の社会保障制度を見直し、給付・負担両面で、人口構成の変化に対応した世代間・世代内の公平が確保された制度へと改革していくことが必要である。
 今後は、給付面で、子ども・子育て支援などを中心に未来への投資という性格を強め、全世代対応型の制度としていくとともに、負担面で、年齢を問わず負担能力に応じた負担を求めていくなど制度を支える基盤を強化していくことが必要である。」(社会保障・税一体改革素案)


 高齢者に給付しすぎるているから これを削減する さらに 負担は 高齢者にも 求めていく。

 ひとことでいえば こういう考え方であろう。

 国民を貧富の差でなく「世代」で分断し、「現役」対「高齢者」と描き出し、「配分」を問題にするという構図である。

 ひどい主張になると「貧しい現役世代が 豊かな老人を支える社会」なんていう評論家もいる。

 大阪のファシスト 橋下などは、

 「もう社会保障制度もむちゃくちゃ。現役世代が国を支えることに間違いない。高齢者を支えるのも現役世代になる。そうであれば現役世代、そして将来現役世代になる子供に投資するしかない。今は高齢者に直接お金を入れ過ぎ。それは選挙で票になるから。」(橋下徹ツイッター1月3日)

 などと、あからさまな高齢者敵視である。

 最近、人気の「改革派元公務員」の古賀茂明などは、

「『ちょっとかわいそうな人は助けることはできません。できるかぎり、自分の力でがんばってください』日本再生に向けて、まずはこれを原則にしなければならない」
 「『守られすぎの人を守らない』言葉を換えれば『身分制』をなくすということになる。」
 として、
「農家」「医者」「中小企業」「正規雇用者」などは一種の「身分制」にあたり「守られすぎている」というのである。
 そして、
 「高齢者も一種の身分である。高齢者には努力してなるのではなく、自然にだれでもなれるものだからだ。現在の年金の受給開始年齢は・・・私はもっと上げても―思い切って80歳にしてもかまわないと考えている。」「せめて平均年齢くらいまでは、働くなり、不労所得を得る方法を考えるなりして、自分でなんとかしてもらうように方向を転換」(古賀茂明著「官僚の責任」PHP新書)
 
 これは極論であるが、「社会保障・税一体改革」の考え方もこれに通じるものがある。

 「半世紀前には65 歳以上のお年寄り1人をおよそ9人の現役世代で支える「胴上げ」型の社会だった日本は、近年3人で1人の「騎馬戦」型の社会になり、このままでは、2050 年には、国民の4割が高齢者となって、高齢者1人を1.2 人の現役世代が支える「肩車」型の社会が到来することが見込まれている。」(社会保障・税一体改革素案)

 これが、野田政権の消費税増税と社会保障改悪の基本的な認識の出発点である。

 もともと、社会保障とは、資本主義社会においては、「失業者対策」である。

 雇用の場のない労働者、そして疾病、障がい、老齢などで働くことが困難な人々の生活を保障するのが社会保障の出発点であり、その費用は大資本家と政府の負担であり、その財源は、資本主義の搾取によってため込まれた富から。
 富者から貧者への富の再分配による資本主義の矛盾の緩和である。

 労働能力を失った高齢者問題は、失業者問題でもある。

 これを 「現役と高齢者」 と描き出し、長期不況と非正規雇用化で生活が悪化している現役労働者世代と高齢者を分断し、高齢者を「守られすぎている」と描き出す手法は、十分に注意が必要である。
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Category: 社会保障問題
 
 
 
 
 
 
 
 

プロフィール

福祉・介護オンブズマン管理者 日下部雅喜(くさかべまさき)

Author:福祉・介護オンブズマン管理者 日下部雅喜(くさかべまさき)
 福祉・介護オンブズネットおおさか事務局長
 介護保険料に怒る一揆の会事務局長
 大阪社会保障推進協議会介護保険対策委員
 
 

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