2013/08/13 Tue
 堺市長選挙で、一部マスコミは竹山市長の「変節」を取り上げている。

完全に裏切られた」。橋下氏は先月29日、前回全面支援した竹山氏が都構想への反対を強めることを批判した。ただ、竹山氏を当選に導いたのも自身だけに「堺市民に謝らないといけない」立場だ。これに対し竹山氏は2日後、「矛盾がいろいろ出ている。自治の流れと違う」と都構想批判をさらに強めている。
 竹山氏の言動は「裏切り」か。前回選が09年9月で、橋下氏の都構想提唱が10年1月。竹山氏は「前回選時に影も形もなかった」と言い、橋下氏は「細かい話はしていないが『大阪が一つにまとまらないといけない』と話していた」と反論する。
毎日


 しかし、維新から出馬表明した西林市議は4年前どうだったか。

 地方分権を唱える知事が、堺市長選挙に介入し自分の意のままになるように市政を誘導としようとしていることに憤りを感じて止みません。堺市民の底力で大阪府からの不当な支配に打ち勝ちましょう!!
 これは西林市議のブログ「西林克敏の今日のつぶやき」の2009年09月13日の記事である。

 ここでいう「地方分権を唱える知事」とは当時の橋下府知事である。当時自民党堺市市議であった西林氏は、自公民推薦の木原市長を支持し、橋下府知事のバックアップを受けた竹山氏と対決。橋下の行為を「堺市長選挙に介入」と厳しく批判し、「堺市民の底力で大阪府からの不当な支配に打ち勝ちましょう!!」と呼び掛けている。
 (このブログは現時点ではまだ閲覧可能だが、いつ閉鎖されるかも知れない)

 ところが4年後の今はどうだろうか。


 竹山市長は、「都構想は堺市が府の属国、植民地になること」と、敢然と堺市の独立・自治を守るためにたたかう立場に至った。

 一方、西林氏は、「明治以来続いてきた行政の仕組みを根本から変えるには大阪都構想が必要」と橋下の受け売りそのままに、大阪都構想推進の立場から市長選挙出馬を表明した。

 マスコミは「変節」というが、私はそうは思わない。

 竹山市長は、その出発こそ橋下知事の全面支援で始まった。しかし当時は「維新の会」も「大阪都構想」もなかった。その後さまざまな経過はあったが、「堺市解体の大阪都構想には反対」と橋下維新とは決別した。

 こういう「変化」は変節ではない。成長・発展というべきであろう。堺市長として市民の利益を考えた時、そして何よりも「自由と自治」の伝統と堺市の未来を考えた末、「堺は一つ。つぶすな堺市」の立場で橋下維新に対決する、これは堺市民のDNAであり、竹山氏し橋下の「恩義」より堺市の利益を優先させた英断と言えよう。

 堺を大阪都の「属国・植民地」とさせない、という竹山氏の発言は、他のマイナスを差し引いても断固支持である。「愛国者」(愛堺者)である。

 一方、西林市議はどうか、4年前、橋下の「市長選挙への介入」「大阪府の不当な支配」とたたかうと表明していたが、自民党の旗色悪しと見ると維新の会にくらがえし、あろうことか維新の堺市潰しの「先兵」となり下がり、堺市長選挙の「チンパンジー候補」となった。
 まさに「売国奴」(売堺奴)というべき立場になり下がった。
 これは「変節」などというより「堕落」であろう。

 竹山氏の変化は、堺市民にとって予想外の「発展」である。進化といってよい。それを促進したのは堺市の自由と自治のDNAと底力である。

 西林の変化は、堺市民にとっては「堕落」である。堺市民の代表であるべき市議でありながら、堺市の廃止消滅を実行する「最後の市長」の候補者に立つ。他になり手がいないから責任をとって出馬したと言えば聞こえはいいが。これで恥ずかしくないのだろうか。

 竹山氏の堺市長としての「発展」と橋下との決別、西林氏の維新への鞍替えと堺市潰しの尖兵への「堕落」。私はこの両者をいっしょくたにして「変節」とは呼ばない。

 この審判は堺市民が下すことにより決着するだろう。9月29日に。


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Category: 堺市政問題
 
 
 
 
 
 
 
 

プロフィール

福祉・介護オンブズマン管理者 日下部雅喜(くさかべまさき)

Author:福祉・介護オンブズマン管理者 日下部雅喜(くさかべまさき)
 福祉・介護オンブズネットおおさか事務局長
 介護保険料に怒る一揆の会事務局長
 大阪社会保障推進協議会介護保険対策委員
 
 

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