2013/10/07 Mon
 堺にとって400年ぶりの歴史的壮挙であった2013年堺市長選。
 そのエピソードを堺の歴史を織り交ぜながら書きつづる。 

 第1話 ルソン助左衛門と維新砦

 選挙直前に、堺市民会館の斜め向いにつくられた大阪維新の会の選挙事務所。のぼりが立ち並びさながら戦国時代の城郭のようであった。
 私は維新の堺攻めの出城=「維新砦」と名付けた。

 ここに連日100名以上の維新の地方議員、国会議員、落選組、維新政治塾出身者、秘書、スタッフら 全国からかき集められた「外人部隊」が毎日集結し、2人、3人と組をつくって、全戸訪問ローラー作戦を展開した。堺市内のホテルを1ヶ月間借り切っての作戦である。まさに、維新の総力をあげた堺攻めの出城であった。
 そして、その資金は、今や50人を超える国会議員を擁するにいたった「日本維新の会」が手にした巨額の「政党助成金」である。マスコミの中にはこの市長選挙で2億円がバラかまれたとの報道もあった。

 維新砦


ところで、この維新事務所の向かいにある堺市民会館の敷地には像が立っている。

戦国時代の 自治自由都市にして国際貿易都市のシンボルであった呂宋(ルソン)助左衛門の像である。

ルソン助左衛門

 この像はNHK大河ドラマ「黄金の日々」が放映されてから2年後、私が堺市役所に就職して間もない1980年に建立された。
 遠眼鏡を手に世界を見据え 大きく手をあげる この像は、交易を求めアジアに乗り出していった堺商人たちの心意気を表し、失われた堺の栄光をしのばせる 堺市民の 心のよりどころ である。

 ちなみにルソン助左衛門は、ルソン貿易で豪商となったが、最後は豊臣秀吉と対立し、秀吉から身分をわきまえずに贅を尽くしすぎるとして財産没収の処分を受けることになる。助左衛門は、事前に察知してその壮麗な邸宅や財産を菩提寺の大安寺に寄進して日本人町のあるルソンへ脱出した、という。


 この像のまん前に出現した「維新砦」。ここに居座った連中のはたして何人が、このルソン助左衛門のことを知っていたのか。
 少なくとも「総大将」の橋下大阪市長は、知らなかっただろう。また、知っていたとしても何の関心もなかっただろう。橋下が堺市内で数多く行った演説で、ただの一度も触れたことはない。

 この橋下市長が大言壮語する「大阪都の実現で世界の都市間競争に勝負する」「東アジアに進出」などということは、すでに400年も昔に、目の前に像になって立っているルソン助左衛門がやり遂げているのである。
 こんなことも知らないで堺にのこのこと大阪市長の公務をすっぽかして日参していたのが総大将・橋下であった。

 維新事務所から出てきた若い運動員に聞いてみた。
「あなたはこのルソン助左衛門を知っていますか。堺市民はみんな誇りに思っている人ですが」

 九州から来たという彼は「ええー。キリスト教の宣教師ですかね~」
 アホか こいつは この像をどう見たらフランシスコザビエルに見えるんや! まあ若いから「黄金の日々」は市らんやろが。しかし日本史を知らなさすぎる。

 こんな 全国から動員された 堺のことを何も知らない連中が 市内を地図を片手にうろつきまわったのである。

 新金岡の街頭宣伝で出くわした維新の運動員は、メガホンで「私は北九州からきました。堺はこのままでよいのでしょうか」とがなりたてる。埼玉からきたというお兄さんは「堺市にはじめてきましたがとてもさびれています。大阪都になって力を合わせて…」と臆面もなくスポット演説する。
 私でなくてもカチンとくる。「よそのもんにそんなこと言われたないわ!」
 
 橋下市長も、選挙の最終盤、旧市街の山之口商店街を訪れ、商店街のさびれ具合をひとくさり言った後「大阪都になれば梅北のように活性化する」というようなことをほざいたそうである。
 そんなもん、大阪市の中心街に比べれれば、見劣りするにきまっている。しかし、その地域には地域の事情もあり積み重ねもある。
 人の町に土足で乗り込んできて、「大阪都になれば…」などと言われてもとても共感できない。

 堺東商店街を橋下と練り歩きして維新の動員者は、「大阪都って分かりにくいよな」「説明難しいよな」とぼやいていた。
 また、他府県からかき集められた維新のスタッフは「『堺はひとつ』かも知れんが、維新はバラバラや」と嘆いていたとある新聞記者はいう。

 そのような「侵略者」の根城「維新事務所」を、選挙期間中、市民会館前のルソン助左衛門像は見つめていた。

 そして9月29日、「堺のことは堺で決める」の堺市民の良識と「堺はひとつ!」でかつてない市民的共同を実現した力によって、維新候補は大差で敗れた。

 「維新砦」は あえなく「落城」となったのである。
 意気消沈する維新の敗残者どもに マスコミが容赦なく群がり「敗戦の弁」を語らせる光景が維新事務所で繰り広げられた。

 自由・自治都市、黄金の日々の シンボルである 堺市民会館前のルソン助左衛門像は、その存在は忘れ去られているが、この像の前で繰り広げられた 維新勢力の 堺市解体、財政・権限はく奪を許さなかった1ヶ月半の闘いは、堺市に再び「黄金の日々」を取り戻す契機になりうるだろうか。
 
 その「黄金」は、単純な「経済的」な富ではない。日本の未来を先取りするような、新しい自治と自由のあり方であり、そのような地方自治体である。

 自治都市堺の「現代的再生」の方向を、市民共同で探求するときであろう。


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Category: 堺市政問題
 
 
 
 
 
 
 
 

プロフィール

福祉・介護オンブズマン管理者 日下部雅喜(くさかべまさき)

Author:福祉・介護オンブズマン管理者 日下部雅喜(くさかべまさき)
 福祉・介護オンブズネットおおさか事務局長
 介護保険料に怒る一揆の会事務局長
 大阪社会保障推進協議会介護保険対策委員
 
 

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