2013/10/09 Wed
堺史上400年ぶりの壮挙となった2013年市長選。
堺の歴史と共にそのエピソードを綴る。

第3話  仁徳陵と松井知事の電飾バチ当たり発言

 堺と言えば「仁徳陵」古墳。1600年前に作られ、歴史の教科書に必ず載っている。
 墳丘の長さ486メートル、三重の濠を含めた長さは840メートルにも達し、エジプトのクフ王のピラミッドよりも、中国の秦の始皇帝陵よりも大きい「世界最大の墳墓」である。
 
 私が毎日通勤で乗っているJR阪和線の百舌鳥駅と三国が丘駅の間は車窓からずっと仁徳陵のこんもりした姿を眺めている。また、下っ端の堺市職員である私はめったに使わないが、私の仕事用の名刺にも堺市のロゴとともに仁徳陵の写真を印刷している。

 仁徳陵

 この仁徳陵古墳を中心に44基の古墳がひしめいている百舌鳥古墳群は、堺市民にとって生活の場にある古代遺跡であり、町の一部である。
百舌鳥古墳群マップ



 しかし、「仁徳天皇陵」などは、宮内庁が現在の皇室の「祖先」の墓として管理し、「立入禁止」扱いにしている。 しかし本当は誰が葬られているか解明されていない。
 仁徳陵を中心とする百舌鳥古墳群は、5世紀を中心に造られた。この時期は、5世代におよんで中国南朝に朝貢したといわれる「倭の五王」(讃・珍・済・興・武)の時代でもあり、百舌鳥古墳群は「倭の五王」と、その親族や王に仕えた人々の墓が集まった古墳群だと考えられている。
 ここまでは、通説だし、これら倭の五王は、いわゆる「河内王朝」とよばれる古代首長である。そして「珍=仁徳天皇」だとか「讃=仁徳天皇」だとか、倭の五王について書かれている中国の書物(『宋書』『梁書』)と奈良時代に編纂された日本書紀をくっつける諸説もある。
 しかし、万世一系・神武天皇以来125代などという戦前の皇国史観が嘘っぱちであると同様、仁徳陵が現在の天皇家の「祖先」の墓だと強弁して、市民の立入を禁止するのは不当である。

 もともと江戸時代までは、付近の住民は仁徳陵の木は薪に使ったし、堀の水は灌漑用水として広く利用してきた。まさに生活の中で仁徳陵を守ってきたのである。

 堺市民は親しみを込めて「仁徳さん」もしくは「御陵さん」などと呼んでいる。また、堺市の地区名や町名には、陵西・陵南・向陵(北東)など、この古墳からの方角にちなんで付けられたものがある。

 かつて百舌鳥古墳群のほぼ中央にある「いたすけ古墳」が住宅造成工事で壊されそうなったのを、市民が保存運動に立ち上がり、破壊をまぬがれたこともある。
 今も、古墳を守り、美しく保とうとしている人々によって「仁徳陵をまもり隊」がつくられ、定期的に周辺の清掃活動を行っている。
 そうした中で、堺市がめざしている「世界文化遺産登録運動」は大賛成である。
 一部の右翼勢力の中には、世界遺産登録について「皇室の陵墓を文化遺産扱いするのは不敬だ」などという時代錯誤の皇国史観にもとづいた攻撃を行う輩もいる。しかし、仁徳陵はじめ百舌鳥古墳群は、天皇家のものではなく、堺市民のものである。

 → 堺市作成プロモーションムービー1600年の時を越えて 世界文化遺産登録をめざす百舌鳥・古市古墳群
 
 古墳の一つ一つがかつての日本の姿を今に伝える貴重な歴史遺産であり、日本の歴史の1ページを語る世界的な遺産でもあります。
 この遺産を今後も末永く守り、まちづくりへと活用していくため、堺市は百舌鳥古墳群の世界文化遺産登録をめざした取り組みを進めています。
堺市HP百舌鳥・古市古墳群を世界文化遺産に

 
 ところが、今回の市長選挙で、世界遺産登録に絡んで、維新の会の松井・大阪府知事がとんでもない発言を行った。
 世界遺産へ「仁徳陵に電飾を」…
 大阪維新の会の松井幹事長(府知事)は5日、堺市長選(29日投開票)を前に同市で開いた集会で、世界文化遺産登録へのアピール策として、百舌鳥(もず)・古市古墳群の仁徳天皇陵古墳にふれ、「宮内庁がどう言うかはあるけどイルミネーションで飾ってみよう、中を見学できるようにしようと色んなアイデアを出して初めて指定される」と述べた。
 宮内庁が陵墓に指定・管理する古墳は尊厳を保つ目的で、原則、立ち入りが禁止されている。
 集会は、橋下代表(大阪市長)や、堺市長選への立候補を表明している西林克敏氏らが市民に大阪都構想などの政策を説明する「タウンミーティング」。
 松井幹事長は、都構想に反対し、再選を目指す現職の竹山修身市長が、府と大阪市で進めるイルミネーション事業に参加しないことを批判した上で、仁徳天皇陵古墳を取り上げた。
(読売新聞9月6日)

 これには、多くの人々はあきれ返った。誰の墓かは別にして「電飾で飾る」という軽薄さ。「文化遺産登録」をめざしているのにイルミネーションでケバケバと飾るという悪趣味。さらに、仁徳陵古墳は、地面から見ればただのこんもりした「小山」にしか見えないので電飾で飾ったとしてもヘリコプターで空から見ない限り人々に見えない。
 
 堺市民からは「なんちゅうこと言うんや!このバチ当たりが!」との怒りの声まで聞かれた。

 
 一方、「堺はひとつ」の市民運動の方は、仁徳陵を新たな運動のシンボルとした。
 仁徳陵をかたどったデザインに「堺はひとつ」と書き込み、「みんなで御陵を大行進」とした。
 そして、そのためにこのデザインを左そでにプリントし、左胸には「I♥SAKAI」とプリントしたピンクとブルーのTシャツ1万枚を作成、1枚1000円で販売し運動資金にした。この仁徳陵マークは新しい「市民共同」のシンボルとなった。
 堺はひとつ市民のマーチ

 9月23日、仁徳陵となりの大仙公園には、Tシャツを着た2000人の「堺っ子」たちが集まった。
堺はひとつ集会

 仁徳陵の周囲2.8キロを行進するときも、行進の先頭集団は、仁徳陵の拝所の前に進み出て、きちんと一礼して出発したのである。
 堺市民にとってはあくまでも「御陵さん」である。
 仁徳陵周回
仁徳陵拝所

堺市の作成した世界遺産登録を訴えるプロモーションムービーはこう結んでいる。
 百舌鳥、古市古墳群が築かれてから1600年。私たちはずっと、古墳とそこに葬られた人への畏敬の念を持って共に暮らしてきました。
 古代の人々が私たちに託した価値ある遺産を守り、次の世代へと受け継いでゆくためにも、堺市は大阪府、羽曳野市、藤井寺市と共に、百舌鳥・古市古墳群の世界文化遺産登録に取り組んでいきます。
『古墳は、私(僕)たちの宝物。』
 

 堺市民の「宝物」である仁徳陵古墳を、「電飾」だ飾ろうなどという維新の会・松井知事のバチ当たり発言を堺市民は許さなかった。1600年の時を超えた古墳を「堺はひとつ」の市民的共同が包み込んだ運動の勝利である。


 
 
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Category: 堺市政問題
 
 
 
 
 
 
 
 

プロフィール

福祉・介護オンブズマン管理者 日下部雅喜(くさかべまさき)

Author:福祉・介護オンブズマン管理者 日下部雅喜(くさかべまさき)
 福祉・介護オンブズネットおおさか事務局長
 介護保険料に怒る一揆の会事務局長
 大阪社会保障推進協議会介護保険対策委員
 
 

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