2014/02/02 Sun
はずかしながら2月2日は私の誕生日である。
FBでいろんな方から「誕生日おめでとう」メッセージをいただいたので、わが誕生の日について記すことにした。
58年前の1956年2月2日、私は母の実家で生まれた。

このブログに7年前に書いた記事。



生まれてすぐ死にかけて
2007/02/02 Fri

 母の実家は岐阜県加茂郡白川町の下佐見という山里である。

 当時は、嫁にいった女は第一子は実家で生むものだったという。病院でなく家に産婆さんに来てもらう。

 出産当時、母親は20歳。安産だったか難産だったかは聞いていないが、夕方ころには無事に生まれたそうだ。吹雪でとても寒い日だったそうである。

 ともかく無事生まれたということで安心して、生まれたばかりの赤ん坊を部屋に寝かせ、なぜか母親は別な部屋にいたそうである。

 ところが、その赤ん坊の寝ている部屋の戸が開いたままになっているのを誰も気がつかず、真冬の田舎の家なので風がヒューヒュー吹き込んでいたのをほったらかしにしていたそうな。

 夜になって祖母が、風呂上りに、見に行くと、氷のように寒い部屋で生まれたばかりの赤ん坊は顔は真っ青、胸をさわっても冷たくなっていたという。「ワシは風呂上りやで冷とう感じるかも知れん。お前も赤ん坊触ってみい」と叔母にも触らせるが「やっぱし冷たいで!」。大騒ぎになり、あわてて、囲炉裏のそばに持ってきて暖めたり、さすったりしておると、ようやく血の気が戻ってフギャーフギャーと泣いた。一同ホッと安心したという。

 祖母が見に行くのが、あと30分も遅かったら私は凍死していたかもしれない。誕生後数時間の命。 

 この話、子どものころ、母の実家に行くと必ず聞かされた。「おまえは生まれた日に凍え死にかけた子やで」
 子ども心に、その話を聞いて恐ろしいやら悲しいやら、タワケラシイやら複雑な気持ちなったことを覚えている。

下手をすれば、58年前に「新生児死亡」となっていたかもしれないわが命。惜しくはないが、大切に大切に、少しでも、価値ある人生にしたいと思う、58歳の恥多い男の誕生日メッセージへの感謝の言葉です。
それと両親、そして、日下部家のご先祖にも敬意である。
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Category: 雑感・雑記
 
 
 
 
 
 
 
 

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2014/02/03 08:49:18(Mon)

プロフィール

福祉・介護オンブズマン管理者 日下部雅喜(くさかべまさき)

Author:福祉・介護オンブズマン管理者 日下部雅喜(くさかべまさき)
 福祉・介護オンブズネットおおさか事務局長
 介護保険料に怒る一揆の会事務局長
 大阪社会保障推進協議会介護保険対策委員
 
 

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