2015/05/03 Sun
 今日は、憲法施行68周年。

 私は、一地方公務員だが、1979年に堺市役所に採用された時、「憲法遵守」の宣誓をした。

1979年4月にいただいた堺市職員に任命する辞令


一緒に手渡された宣誓書


  宣誓書

  私は、ここに、主権が国民に存することを認める日本国憲法を尊重し、且つ、擁護することを固く誓います。

  私は、地方自治の本旨を体するとともに公務を民主的且つ能率的に運営すべき責務を深く自覚し、全体の奉仕者として、誠実且つ公正に職務を執行することを固く誓います。


 36年前のことであるが、「主権が国民に存することを認める日本国憲法を尊重し、且つ、擁護する」ということばに感動した記憶が鮮明に蘇る。

 実際の職場や仕事は、憲法などほとんど関係ないかのようなものだった。
 公務員人生もあと残すところ11ヶ月という時点にさしかかって思えば、この「国民主権」「憲法擁護」の宣誓と、実際の自治体職場・業務のギャップの中で、怒り、苦しみ、そして抗ってきた36年間ではなかったか、と思う。

 市当局や上層部の方針が住民の利害を裏切っていれば、その板ばさみになるのは、第一線の公務員である。当局の手先になるしかないのか。
 しかし、憲法では「主権者」は国民であり、われわれ公務員は、それを認めた憲法を尊重すると宣誓したではないか。何度このような自問自答があったかわからない。

 私は、社会福祉行政職なので、福祉関係の仕事ばかりをしてきた。

 国民に、「健康で文化的な最低限度の生活」を保障し、国に、「すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進」を義務付けた憲法第25条は、政府の社会保障切捨て政策と、それに追随する自治体によって著しく有名無実なものと化している。

 自治体の末端で、一職員ができることなど、たかが知れている。国や市当局にたてついたところで何かが変わるわけではない。
 しかし、憲法遵守を宣誓したものとして、それに恥じない行動、主権者である国民を裏切らない行動が、とれるのではないか。
 そんなことを、考えた時、職員として自治体当局に雇用され、その「指揮命令」は受けざるをえなくても、自らの「良心」に従い、自分の自由な時間で行えることがあることが多くあることを発見した。
 
 若き日1980年代の平和運動、自治体労働運動をはじめ、21世紀に入ってから今日までの介護オンブズマン活動、介護保険料に怒る一揆の会運動など、すべて、私にとっては、憲法遵守を誓った公務員としての実践のつもりであった。

地位も名声もない、一木端役人の恥多き公務員生活であったが、この「国民主権」「憲法擁護」を手掛かりに、わが36年を振り返ってみたいと思う。
      
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プロフィール

福祉・介護オンブズマン管理者 日下部雅喜(くさかべまさき)

Author:福祉・介護オンブズマン管理者 日下部雅喜(くさかべまさき)
 福祉・介護オンブズネットおおさか事務局長
 介護保険料に怒る一揆の会事務局長
 大阪社会保障推進協議会介護保険対策委員
 
 

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