2016/03/10 Thu
3月9日夜、堺市職労の「退職者を送る集い」にお招きいただきました。私の公務員人生と堺市職労について振り返ってみました。
  私が堺市職労運動の第一線でがんばったのは1996年6月までである。それ以降4年間は仕事に埋没し、現在の職場に不当配転で本庁から飛ばされてからのここ16年間は支部の執行委員の末席で、活動といえば毎日職場で日刊の「堺市職労ニュース」を配ることくらいしかしていない。
1996年。あれから20年。懐かしい限りである。1980年代の非常勤職員の組織化と組合づくり援助、賃金闘争や労働戦線再編の組織闘争、1990年代は5年間 (1990年~95年)、大阪自治労連本部で専従もやって賃金闘争、労働時間短縮闘争に明け暮れた。
そして、1995年9月に堺市職労に帰り、10ヶ月間副委員長としてヤミ専従をしながら、勤務時間延長反対闘争を闘った。市長与党会派を敵に回し、特殊勤務手当廃止やヤミ専従攻撃など激しい労使間闘争となった。私の「徹底抗戦」路線は当時の堺市職労執行部からは受け入れられず、1996年6月に副委員長を辞任し、15年間の自治体労働運動からは身を引いた。
  今から思えば、当時の私は闘争至上主義で、「妥協せず闘い抜くことこそ階級的労働運動の使命」みたいな発想だったと、反省もしている。しかし、若かりしころ、悔いなく闘う舞台を与えてくれた堺市職労に感謝である。
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プロフィール

福祉・介護オンブズマン管理者 日下部雅喜(くさかべまさき)

Author:福祉・介護オンブズマン管理者 日下部雅喜(くさかべまさき)
 福祉・介護オンブズネットおおさか事務局長
 介護保険料に怒る一揆の会事務局長
 大阪社会保障推進協議会介護保険対策委員
 
 

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